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卒業

良寛和尚です。

今回は重大なお知らせを含めてお話いたします。
実は現在私が勤務している外勤先企業とうちの会社との契約は今月末までとの
通達がありました。従いまして私を含めうちの会社から配属されている
技術社員全員が今月末をもって"卒業"ということになりました。ですので現在私は
外勤先担当者とで業務引き継ぎを行っているところです。新年度が始まり
「さあ、これから...」と意気込んでいた矢先のことだったので正直驚きました。

理由は主にうちの会社が提示した派遣単価アップに対し、外勤先企業の
収益性を判断した結果、条件を受け入れることができないことだそうです。
その背景には外勤先企業は戦略面からコスト削減を行っており、取引先の
派遣元会社の選別を行っているようです。これは私の力がおよぶところではないので
やむをえないと思っています。でも私が外勤先企業に配属されて1年半と短かったの
ですが、自分が成長できる環境でありかつ成長できた場所だったので正直
感謝しています。

うちの会社は特定派遣事業会社なので私の身分は正社員です。ですので契約が
終わったからと言って給与や職がなくなるわけではありません。しかし会社にとっては
収益の見込める取引先がなくなることになるので、今後はその外勤先企業と契約継続に
向けた話し合いを行うのと同時に私を含め外勤先企業に配属されていた技術社員の
次の配属先を早急に決めるために、うちの会社は全力で取り組むと思います。
現に昨日私の上司から携帯に連絡があり、今後に向けた話し合いを行っています。
次の配属先はどこになるかわかりませんが、おそらく私のこれまでのリソースが
発揮できるところになるでしょう。

合掌

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がんばれ!太郎

良寛和尚です。

昨日、「大阪名物くいだおれ」から正式に閉店の発表が行われました。この日私は
業務を定時で終了したのち、道頓堀のこの地に行きました。

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太郎はいつものように店前に立ち、鐘と太鼓を鳴らし続けていました。また太郎と
記念撮影をする人々の光景はこれまでと変わっていませんでした。しかし、吹き出しに
書かれている「大阪名物くいだおれは本年7月8日に閉店します」を見ると太郎の
笑顔とは対照的に一抹の寂しさを感じざるをえません。

太郎は創業時から今日まで店前に立ち、雨の時も風の強いとき、冬の寒い時や
夏の暑い時でも鐘と太鼓を鳴らし続けていました。また道頓堀の顔として、また
大阪文化の象徴として人々に親しまれてきました。長い間本当にご苦労さんと
ねぎらいたいんだけども、これからも大阪の発展のためにまだまだ頑張ってほしいんや。
閉店しても道頓堀のどこかで鐘と太鼓を鳴らすのがいちばんいいと思うが、どのような
形でもいいから笑顔を振りまきながら鐘と太鼓を鳴らしてほしい。そう願っています。

合掌

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くいだおれ人形消える??

良寛和尚です。

各メディアの報道によれば「くいだおれ人形」で有名な飲食店「大阪名物くいだおれ」が
今年7月に閉店することになったそうです。また閉店後の「くいだおれ人形」2体の処遇は
現在未定だそうです。大坂道頓堀にとどまらず、大阪の象徴の1つである
くいだおれ人形」がこのような形で消えることはとても残念に思っています。

閉店の理由はここ最近の外食産業の低迷化等が影響し収益が悪化したことと、
店舗ビルの老朽化で事業の継続が困難になったことだそうです。そういえば店前に
置いている「くいだおれ人形」と一緒に写真撮影をする人々をよく見かけていましたが、
店側が彼らを来客させる努力を怠った結果なのかなと私は思っています。
またこの店は和食や洋食、割烹料理を扱う総合食堂であったため、「くいだおれ人形」
以外で店の特徴が出せなかったことも一因なのではと私は思っています。

おそらく「くいだおれ人形」を存続させるための運動がなされると思いますが、
どんなかたちであれ、「くいだおれ人形」の特徴を大いに生かすことができるような
活用を検討してほしいものだと私は思っています。

合掌

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春のまほろば

良寛和尚です。

一昨日の土曜日(4/5)に私は奈良薬師寺にいきました。今回はその様子について
お話します。今回この地に行くのは4回目で、前回は昨年の大みそかでした。
その時はとても寒かったのですが、今回行った時はすでに春の装いでした。

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これは写経道場前に咲く"淡墨桜"です。近くに咲くソメイヨシノは満開の状態ですが、
淡墨桜は満開の時期を過ぎ、散り始めていました。その散りゆく桜の花はソメイヨシノとは
違いとてもいいものでした。今回も4回目の写経に挑みました。
これまでの写経とは違い、少し余裕が出てきたのかこれまで以上に1字1字丁寧に
書くことができたと思っています。またこれまでは筆に付ける墨の量が多すぎて字がにじむ
ことがありましたが、今回はそれが少なくなりました。でも人に見せられる程度には
なっていないので満足はしていません。

写経が終わり、昼食の時間に差し掛かっていました。私は境内の特設食堂に行き
昼食券と交換で弁当をもらい、また\500で販売していた「薬師うどん」で昼食を堪能しました。

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実は今回薬師寺に行った目的は写経だけではありません。この時期薬師寺は
「修二会花会式」が行われていました。この儀式は1107年に時の堀河天皇が皇后の
ご病気平癒を薬師如来に祈願し、本復された感謝の気持ちとして、十種類の造花を
お供えしたのがそもそもの始まりといわれています。毎年旧暦2月に行われ、
今年は3/30~4/5まで行われました。 金堂や大講堂に祭られている仏像には
華やかな造花が飾られていました。

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この写真は金堂の中の様子ですが、ちょっと様子が違うことにお分かりでしょうか?
そうです。薬師如来像の両脇に安置している日光および月光菩薩立像がなく、パネルが
飾られていることです。では両菩薩はどこに行ったのか?
両菩薩は東京上野国立博物館開催されている「国宝薬師寺展」のため、そちらに安置
されているのです。聞くと薬師寺が設立して両菩薩が境内から運び出されるのが
今回初めてだそうです。

またこの日、「野点席」というのが境内に設けられていました。これは裏千家友庵会に
よるお茶の席で着物を着た友庵会の方が立てたお茶と和菓子とで堪能するものです。

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さらに花会式のクライマックスとして結願法要が行われます。特に法要の最後に行われる
「鬼追い式」は昼間の装いと一変して荒々しいものでした。これは僧侶がホラ貝と鐘と太鼓を
鳴らし、鬼六体が境内を所狭しと暴れまわり、それを毘沙門天が追い払うというものです。
そこではたいまつがたかれ、参拝客はたいまつから出る火の粉をよけながら見物することに
なります。

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私はこの鬼追い式の迫力に圧倒されました。また今年厄年である私にとっていい
厄払いになったかなと思っています。この日は本当にいいものを見させていただきました。

合掌

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