2009年11月12日 (木)

怒りを捨てる

良寛和尚です。

今回はお釈迦様のお言葉を紹介します。

他人が怒ったのを知って、それについて自ら静かにしているならば、
その人は、自分と他人と両者のためになることを行っているのである。
(出典:「ウダーナヴァルガ」 中村元 訳)

人は「怒り」という感情を持っています。また誰でも何事かに我慢できず、怒りの
行動を起こすことがあります。お釈迦様は「怒りを捨てよ」と言っています。
怒りを持ち続けても決していい結果が得られないからです。
戦争や紛争も怒りを持ち続けるために起こる副産物かもしれません。

では他の人が自分に対し怒りをあらわにしたらどうすればいいのでしょうか?
それは自ら静かにし、相手の怒りが治まるのを見届けることです。つまり、
「逆ギレ」してはいけないと言うことです。簡単なようで難しいことかもしれません。
でもこれは大事です。

合掌

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2009年10月11日 (日)

背中を押される

良寛和尚です。

今回は私が最近思っていることをお話しします。
人にはいろいろな人生がありますが、誰でも人生の中で何らかの意志決定を
迫られることがあります。またあるとき思わぬ災難が降りかかり、早急に解決
しなければならなくなることがあります。そのとき人はどのようにすればいいか
悩み苦しみます。その悩み苦しみを続けていくと、第三者から思わぬ一言や
行動で悩み苦しみから解放され、思わぬ方向に向かっていくことがあります。
私もこのようなことが何度もありました。それはよい方向に進むことがあれば、
そうでないこともあります。

ではなぜ人は自ら解決できない悩みや苦しみに遭遇したときに「背中を押される」
出来事が起きるのでしょうか?また人によって「背中を押される」ことがあったり
なかったりするのでしょうか?私はまっとうな人生を送りたい人ほど「背中を押される」
回数が多いのではと思っています。
もし仮に背中を押された方向が思わぬ災難だったときでも、まっとうな人生を
送りたい人は別の力で背中を押されることで正常なところに戻ることができます。

人生思い通りに進むことがあればそうでないこともあります。私の人生は今後
どのような力で私の背中を押されるかわかりませんが、まっとうな人生を送りたいという
願望を持って生きていきたいと思う。

合掌

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2009年9月12日 (土)

考え抜く力

良寛和尚です。

間が空きましたので、投稿します。
今回は表題のとおり、「考え抜く力」についてお話しします。
今日、「日経ビジネス」2009.09.14号を読んでためになった記事があります。
それは、「急募!考え抜く社員」という記事です。内容は読んでいただいたらわかると
思いますが、過去の成功事例の延長線にある発想や、書籍に書かれてある内容を
鵜呑みにした知識を活用するより、「なぜなのか?」を深く考え、行動し、成果を
あげることの必要性について書かれています。
背景には株主重視の観点による短期的成果を求める余り、近視眼的な行動を
せざるを得なかったことや、教育現場で倫理観や人生観を学ばないことにより
物事を深く考える習慣がなくなったことが考えられます。
また、インターネットの台頭で情報スピードが速くなり、より早い意志決定を
迫られることも考えられます。
この記事では、「考え抜く」ことを企業文化に取り入れた3社の事例紹介を
載せていますが、いずれも目から鱗がでるようなものばかりで、私にとって
いい参考になりました。

ここ最近表面的な知識だけでこと済ます人が私の周りでも多くなったと
感じています。有能な知識があってもどのように活用するかを深く考え、
行動する必要性が問われてきたのかなと私は思っています。

合掌

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2009年1月 1日 (木)

謹賀新年

良寛和尚です。

新年あけましておめでとうございます。本年も「良寛日誌(第二巻)」をよろしくお願い
いたします。
昨日の大晦日は一昨年と同様奈良薬師寺で新年を迎えることにしました。
その前に腹ごしらえとして家で年越しそばを食べました。

D1010040

うちには年越しそばを作ってくれる伴侶がいないので、私が作っています。今回も鶏南蛮に
しました。年越しそばを堪能した後、すぐに奈良薬師寺に向かいました。

D1010039

今回も書き納めということで、般若心経を写経しました。休みに入ってからものぐさな生活
だったので、久しぶりに緊張感を味わいながら写経に取り組むことができました。
途中字を間違えたところもありましたが、なんとか書き終えて奉納いたしました。
その後、除夜の鐘を打つのですが例年通りイの一番で信徒総代を務めている塩爺こと
塩川正十郎先生の鐘つきで始まり、しばらくして私も鐘つきに参画しました。
鐘を突いて帰ろうかなと思ったのですが、ここ奈良は非常に寒いので写経道場に戻って
暖をとってから家に帰ろうと思っています。でもあまりに気持ちがいいのでここで一泊する
かもしれません。sleepy

合掌

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2008年12月31日 (水)

今年を振り返り...

良寛和尚です。

2008年も今日で終わり、今年最後の投稿となりました。
今年をふりかえり、「どうだったか」を考えてみるといい年ではなかったのが正直な
感想である。ただここ最近の景気動向を勘案するとさしすめ非常に悪い年でもない気が
する。一言で言えば「中の下」といったところだと私は思う。

自己研鑽では「ビジネス会計検定試験」の3級と2級とダブルで合格したのを皮切りに、
Javaアソシエイツ(SJC-A)試験も合格した。できればUMLモデリング認定試験(L2)
取りたかったのだが、そう問屋はおろさないことがわかったのでいいと解釈しよう。
また7月から関西学院大学専門職大学院「社会人の学び直しプログラム」を受講し、
大学の先生や受講生同士の交流が活発にできたことはなによりの収穫だった。

しかし大学に通ったことがあだとなってしまったのも事実だった。前の会社では私が
大学に通っていることを承知の上で遠方への転勤を命じたことで、上層部と大げんかし
私は会社を辞めざるをえなくなった。
原因とつきつめていくと今期に入って顧客数を大きく減少し、収益が悪化したことだと
私は思っている。これはここ最近の景気後退の前から起きていることなので、
社内のシステムに問題がおきていることを私はわかっていた。これは私だけでなく、
上司もこのことを認識し、改善しようとつとめていたが営業サイドはそれに気づかず
改善しないままことを進めたのである。しかも営業責任者は収益悪化の原因は
「外部環境のせいだ」と責任転嫁したこともあり、私はこの会社の将来性に疑問を感じ、
外勤先から戻って1ヶ月後の6月頃から転職活動を始めた。結局私は10月に
転職することができたのだが、これが1~2ヶ月先だったらと思えば結果的に
いい時期だったのではと私は思っている。もちろんこの代償は大きく、年収は昨年に比べ
90万円ほど減少した。

2009年はもうすぐだが、どんな年になるかはわからない。景気の後退が今も進んでいる
現状だが、それでも可能性が少なくても前に進んでいきたいと思う。後退は許されない。
半歩でもいいから勇気を持って進んでいきたい。

今年の大晦日も奈良薬師寺に行き、般若心経を写経して新年を迎えます。
よいお年を...
合掌

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2008年12月29日 (月)

人生の「かきくけこ」

良寛和尚です。

先週の土曜日は今年最後の座禅会でした。大掃除はぜんぜん進んでいませんが、
心の大掃除は済ませておきました。night

座禅終了後、いつものように住職とのお話があったのですが、その中で人生を豊かに
暮らすために以下の「かきくけこ」を伝授されました。

  • 「か」・・・感動すること
  • 「き」・・・希望を持つこと
  • 「く」・・・工夫をすること
  • 「け」・・・健康であること
  • 「こ」・・・恋心をもつこと

最後の「こ」ですが、これは恋愛に限ったことではなく自分の好きなことを見つけて
精進しなさいという意味である。
来年の情勢が見えない中ですが、これから「かきくけこ」を自分の中に問いかけて
いきたいと思う。

合掌

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2008年11月21日 (金)

全能感

良寛和尚です。

「渡邊美樹.net」を久しぶりに訪れると小室哲哉プロデューサーの逮捕について彼の
コメントが掲載されています。コメントを読んでみると、渡邊社長は彼の逮捕を聞いたとき
真っ先に浮かんだ言葉が「全能感」だということです。「全能感」について彼のコメントには
こう書かれています。

成功すると、ひとは何でもできる、何でも許されると思ってしまう。
全能感を持ってしまうのだ。成功した経営者にもたまに全能感を持っているのでは
ないかと思う人を見かける。人に全能感などありえない。大きな勘違いであることは
言うまでもない。

私は小室哲哉や渡邊社長のような多大な実績をあげた人間ではないが、もし何らかの
成功体験を得てしまったらこのような錯覚に陥ってしまう恐れが出てくるでしょう。
私だけでなく、人間誰しも陥ってしまう「罠」なのかもしれない。

明日は齢延寺で座禅会があります。私はこれまでの行動について振り返り、心を
リセットすることを座禅を通じて行いたいと思う。

合掌

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2008年9月20日 (土)

感謝のココロ

良寛和尚です。

先日移籍先の会社を紹介してくれた某人材派遣会社の社長と面談しました。
目的は採用が決まったことの報告と御礼参りです。アポなしで伺おうかと考えたのですが、
相手に失礼かと思い、訪問する直前に電話で確認し訪問することにしました。

会社に到着し、面談ブースに案内されて待つこと約5分社長が現れて面談となりました。
お話しでは採用までに至った経緯や採用になった理由、今後の予定を含めざっくばらんに
話し合いました。とくに採用までの経緯に関しては、以前担当だった営業マンが突然
退職になりてんやわんやになったことがありましたが、社長自らが早急に以降の段取りを
していただいたおかげで採用までに結びついたことに私は感謝の言葉を伝えました。
社長からは今後の活躍を期待するとねぎらいの言葉をいただき面談は終了しました。

「信念を貫く」でも書きましたが、私は自らの「人脈」に助けてもらいました。これは
私だけでなく様々な方面で活躍された方もこれを体験しています。たとえばコメディアンの
藤山寛美さんもそうです。彼はかつて借金トラブルが原因で所属していた松竹から
解雇されていました。しかしその後、松竹角座だったと思いますが客席から
「寛美はどうした。」「寛美を出さんかい!!」という声が大きくなり、この状況を
無視できなくなった松竹は彼を復帰させました。これは伝説として後生に
語り継がれています。

曹洞宗の「普勧坐禅儀」のなかに『運命は電光に似たり』という言葉があります。
もし人生の中で予期せぬ運命に遭遇したときのために人脈を大切にしたいと思っています。
合掌

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2008年8月10日 (日)

北京オリンピック

良寛和尚です。

久しぶりに投稿します。一昨日北京オリンピックの開会式が行われました。
私も一部始終見ていました。今回のオリンピックは中国国家の威信をかけたものである
ことがこの開会式でにじみ出ていました。中国のこれまでの歴史を『絵巻物』で表現され
それがコンセプトとして最後まで一貫していたこと、いっし乱れない太鼓や踊りなどの
パフォーマンスが最高であったことなど「完璧」ということがこういうものなのかという
ことをまざまざと見せ付けられた開会式だったかなと私は思っています。

昨日は江戸へ行く用事があったので、大型旅客機の機内であるスポーツ紙を
読んでいました。その新聞の裏表紙にトリノオリンピックスケート女子フィギュアの
金メダリスト、荒川静香さんのコラムが掲載されていました。
その中で彼女はオリンピックで戦う選手およびスタッフの方へのメッセージをこう
伝えていました。

「いつどんなときがあっても、自分自身であり続けること」

26歳という年齢でありながらこの言葉が心の中から言えるということは、彼女がこれまで
栄光と挫折を多く味わったから言える事ではないかと私は思っています。
すばらしい大和撫子である。

合掌

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2008年7月27日 (日)

瑩山禅師のことば

良寛和尚です。

今回は曹洞宗の瑩山禅師のことばを紹介します。

光陰を護惜(ごしゃく)して、頭燃(ずねん)を救ふが如くせよ。
[出典:坐禅用心記]

意味は「限りある時間を惜しみ、髪の毛についた火を消すようにものごとに取り組め」です。
時間は一度過ぎてしまったら取り戻すことができない一過性および不可逆性を持っています。
しかし、私たちは普段それを忘れ、時間は無限にあるものと勘違いしています。
人間は生きている時間に限りがあります。髪の毛の火を一心に消すときのように
時間を惜しみ、ものごとに真剣に取り組むことを説いています。

合掌

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