良寛和尚です。
皆さんにお知らせすることがあります。私和尚は09月30日付をもって大手人材派遣会社の
関連子会社を退職することになりました。退職理由は「自分のキャリアアップの方向性と
会社の方向性が違う」ことです。こういえばきれいに見えると思いますが、私が退職に至る
経緯にはいろんなことに遭遇しました。今回はこのことをわかりやすく説明したします。
ただし、忠実に説明すると私が誰かわかりますので、ここは多少オブラートを包みます。
ことの始まりは私が外勤先企業から大阪営業所に戻ってきた5月に遡ります。
営業所に戻る前に私は担当営業者から「また次の案件は決まりますよ。」と言われたの
ですが、時がたってもなかなか次の案件は見つかりませんでした。「おかしいな?」と
思ってある日事務の補助作業をおこなったとき、この理由がわかりました。
顧客企業を多数失っていたからです。その中には私が直前までに業務していた
外勤先企業も含まれていました。当然ながらこれら企業に業務していた派遣技術者は
営業所に戻ることになります。また6月になると今年入社した新入社員も加わり、
待機社員は最大で30名ほどになっていました。もちろん、待機社員に給与を支給
しなければいけませんので、収益が悪化するのも火を見るより明らかです。
こういう状況が続いたのと、上司から営業担当者との情報共有を行うようにと言われて
いましたので、私は営業所長に今後どうするかを尋ねました。すると彼からこのような
回答をいただきました。「新規顧客開拓に注力します。」
私はこれを聞いたとき一抹の不安を感じました。もちろん顧客を失っている以上それを
取り返すために新規顧客開拓をするのはある意味やむを得ないのかなと思っていました。
しかし、ご存じのように新規顧客開拓を行うと既存顧客のさらなる開拓を行うより
時間とコストがかかります。私は新規顧客開拓と既存顧客のさらなる開拓を並行的に
かつバランスよく行った方がいいのではと思っていました。まぁ、営業所長が下した
営業戦略なので私はしばらく様子を見ていました。結局この戦略は失敗に終わりました。
私はこれ以降営業担当者との情報共有をしなくなりました。また上司も私の行動を
黙認するようになりました。
その後、私と待機中である数名のベテラン技術社員が営業所長から呼ばれました。
そのとき営業所長から言われたのは「案件の対象エリアを広げてほしい。」との
業務命令でした。全員この発言に唖然としました。私を含め全員これまで
営業の数々の失敗を見てきたので、中には怒りに満ちた表情をした人もいました。
しかし業務命令には逆らえませんので、私の場合これまでの関西エリアから
関西以遠の近隣エリアに広げられました。この後上司にこの旨報告をしましたが、
上司からは「まだ遠方の案件に決まったわけでなく、関西で決まれば問題ない。」と
言われ、私は少し安心しました。上司も本心は私を大阪から離したくない思いで
いました。
関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科「社会人の学び直しプログラム」に
申し込んだのもこの時期でした。私は上司やほかのグループの上司にこのことを
報告していました。また朝礼時に営業所長や幹部の前でこのことを表明しました。
するとしばらくするとその情報が社内に伝わり、これまでお話ししたことない上司から
「おまえ、大学に通うらしいな。」と笑顔で言われました。そのとき私はこの行為が
間違いではないことを確信しました。
しかし事態は急展開しました。営業所長から関西以遠の案件にいくように言われました。
それも私が大学に通うことを知りながらです。
その場所は地理的に大学に通えるところではありませんでした。でもわずかな可能性が
あるのではと思い、私はそれを受けました。現地に行きそこの担当者と話し合いを
しましたが、やはり通うことはできないと判明したので私はその担当者にこの件の
断りを入れました。もちろん営業所長にもそのことを伝えました。
この行為が”業務命令違反”と捉えられ、私は営業所長と幹部から厳重注意を受けました。
上司もこのことを知っていたので前日に幹部に対し、盾になって私を擁護してくれました。
それから私と営業所長との関係が急激に冷え切ってしまいました。
この関係を憂慮していた上司から私に1本の電話が入りました。「こうなったら
自分の思いを営業所長に伝えなさい。そうしないと今後自分が苦しむぞ。」と言われ、
私は再度営業所長と話し合いを持ちました。私は大学に通いながら関西で業務を
行いたいと主張したのですが、彼はいっこうに改善されない収益を早急に改善したい
思いからそれは飲めないといい、話は平行線のままでした。また彼から
「あなたの主張はわかりました。しかし会社として実現できない以上雇用関係が
維持できなくなりますが、それでもいいのですか?」を言われました。でも私は
すでに決意を固めていました。
「それで結構です。」
その後営業所長と何度か話し合いを行いましたが歩み寄ることなく、私は09月01日に
退職届を提出し受理いたしました。これが私が退職に至った経緯です。退職届を出す
前に私は上司に退職の報告をいたしました。上司もショックを受けたようで報告を
したときいつものような元気はありませんでした。
でも捨てる神もいれば拾う神も存在します。私は待機期間並行して転職活動を
行っていました。するとあるベンチャー企業からお声がかかり、2回の面接を経て
採用内定通知をいただきました。ですので10月からそこでお世話になります。
いろいろありましたが、今思えば信念を貫けば苦難を苦難と思わず道が開けることを
体験しました。不惑の私が転職するとなると様々な障害があるのは承知の上でした。
でも進まなくてはいけない以上、逃げずに立ち向かわなくてはいけません。そのときに
頼りになるのが「人脈」です。移籍先のベンチャー企業は以前私がお世話になった
某人材派遣会社の社長の紹介によるものです。もしこれがなければ私は路頭に迷っていた
かもしれません。私はこの社長に対し今後足を向けて寝られないほど感謝しています。
今後入社に向けての手続きになりますが、様々なご支援やご迷惑をおかけした人たちの
ためにも、新天地では心機一転がんばっていきたいと思う。
感謝の思いを込めて合掌
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